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高松高等裁判所 昭和31年(ネ)21号 判決 1957年12月24日

控訴人(被申請人) 四国電力株式会社

被控訴人(申請人) 橘実栄

主文

本件控訴は棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取消す被控訴人の本件仮処分申請を棄却する訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は

被控訴代理人において原判決一葉裏十行目「高松市七番丁五六番地の一」とあるを「高松市内町九十六番地」と訂正し、控訴代理人において原判決十四葉表二行目「新居浜」とあるを「三島」と訂正し、(疎明省略)た他原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

(一)  当事者間に争のない事実

控訴人会社が高松市に本店をおき電力供給に関する事業を営む会社であること、被控訴人がその従業員であると共に電気産業に従事する労働者をもつて組織される日本電気産業労働組合(以下電産と略称する)四国地方本部の執行委員兼愛媛県支部委員長並びに新居浜分会執行委員長として組合業務に専従していたものであること、会社が昭和二十九年五月八日被控訴人が別紙第一記載(原判決の別紙引用)の掲示文を掲示したとの理由で懲戒委員会を開き同委員会は継続して同年十二月九日右事実に併わせ別紙第二記載の所謂「誹謗暴言」に関する事項についても審議し以上の事実は何れも会社就業規則第八十八条第二号「会社の諸規定及び上司の指示命令に違反した時」第三号「会社の体面を涜した時」第五号「その他特に不都合な行為のあつた時」に該当するとして、同年十二月十三日被控訴人に懲戒解雇の意思表示をなしたことは当事者間に争がない。

(二)  被控訴人は右解雇の意思表示は就業規則の適用を誤つたもので無効であると主張するのでこの点について判断する。

(1)  別紙第一(1)及び(3)の掲示並びにこれが関連事項について、

被控訴人が昭和二十九年三月三日別紙第一(1)同月十八日(3)記載の各掲示文を控訴人会社松山支店の構内における電産専用の掲示板に掲示したことは当時者間に争がなく、成立に争のない甲第七号証に原審の証人津川喜睦、同永井玲子、同菅正三郎の各証言、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果並びに原審及び当審における証人浮穴三郎、同村上要、当審の証人石橋直次の各証言の各一部を総合すると、会社松山支店において従来から所謂「伊予鉄」閥なる派閥が存在するとの噂があり同時にそれが人事問題に暗影を投げかけているとの風評が一般に行われていたところ昭和二十九年三月初めごろ被控訴人はかつて電産愛媛県支部委員長をして居た岩本務から同年四月の定期異動につき上司から私的な会合に呼ばれる社員があるためその会合に呼ばれない社員が不安を感じている旨の職場の空気についての情報を受け、又会社の業務命令(転任)を拒否したため懲戒委員会にかけられ結局依願退職した渡辺友春から自分の技術を活かして適性配置をしてくれないから業務命令を拒否した旨の話を聞いたことがあつたそこで右噂並びに岩本の情報の真否につき別段調査確認の方法もとらず直ちにこれ等は総べて真実なものと軽信し岩本と協議した上同月三日午前十一時頃別紙第一(1)記載の掲示をなしたこと、これが掲示を間もなく知つたその当時の会社の松山支店長は直ちに掲示事項の真否につき調査をした結果渡部友春退職の点を除き他は事実無根であるとの結論に達したので同日午後二時頃浮穴三郎を使いさせ控訴人に右事項は事実無根であるから直ちに撤去する様命じたが被控訴人はこれに応ぜず次で同日午後三時半頃同支店長が直接控訴人に対し「掲示事項は事実無根で平地に波乱を起す様な掲示は失当である」と述べ直ちに撤去する様命じたところ被控訴人は「事実に基づく掲示であるから撤去の要なし」と一応撤去を拒絶したが「これで掲示は反響があり周知も出来た」と述べ同日午後四時半頃右掲示を撤去するに至つたこと、ついで会社は同年四月下旬被控訴人に対し前後三回に亘り右掲示に関する始末書の提出を要求したが被控訴人はこれを拒否したこと。定期異動は正式には四月に発令されるが非公式の内示は三月中に行われるので被控訴人はその内示が行われるであろうころを選んで更に別紙第一(3)記載の掲示文を前示掲示板に掲げたことを夫々認めることができる。

会社は被控訴人が会社の人事異動に際し故らに事実無根のことを宣伝して従業員の人心を惑乱し会社の業務運営を妨害するため右の如き掲示をなしたと主張する。被控訴人の疎明中右掲記事項中渡部の退職を除くその余の事項が真実なりとの点は措信し難く、却て当審における証人石橋直次、同浮穴三郎、同山口恒則、同野首普の証言によると右事項は何れも真実でないことを認め得べく、なお右第一(1)記載の提示がなされた際右掲示文中「係長グループ云々」の記事につき松山支店事務所の係長がこれを問題にし会合を開いたこと又一般職員も掲示事項を話題にしそのため業務の能率が幾分低下したことを認めることができるが他面被控訴人が会社主張の如き意図でなしたとの疎明はなく、むしろ被控訴人本人尋問の結果によると被控訴人は従業員の労働条件を維持改善し組合員の経済的地位の向上をはかり特に労働不安をなくしようとの考えよりなしたことを認め得る。ところで被控訴人が組合の役員として右目的を以て右掲示に出てたとて真実に反する噂や情報につき何等調査確認の手段を講せず右の如く掲示しその結果前認定の如く会社業務の運営を妨げ、なお会社の撤去命令に容易に応せず、又始末書も提示せずなお重ねて第一(3)記載の掲示に及んだことは正当な組合活動を逸脱した失当な所為と言わなければならない。

又会社は右掲示行為は電産とは指導方針の異なる第二組合の電労組合員を対象としてなしたものであるから違法な組合活動であると主張する。前示証人津川喜睦、被控訴人本人尋問の結果によると昭和二十八年六、七月頃から電産四国地本管下に組合分裂が起り同年九月頃第二組合として電労が結成されその後は両組合間においてその組合員獲得のための闘争が展開されて居り被控訴人が右主張の如く本件掲示を電労組合員をも対象としてなされたことを認め得る。通常組合役員が所属組合の組織を防衛するとともに積極的に分裂した元組合員に働きかけ復帰するよう呼びかけることは社会通念上許容されるような方法による限り当然許さるべき所為と言わなければならないが右認定の如く失当な掲示による所為は許さるべきでない。従つて右掲示はその意味においてもまた失当である。

そうすると以上認定の所為中上長の指示命令に反した点は就業規則第八十八条の(2)の中上長の指示命令に違反したとき、その余の所為は同条(5)のその他特に不都合な行為のあつたときに該当し懲戒処分を免れないものと解するが、何れも以上認定の諸事情に鑑み未だもつて同規則第九十条の懲戒解雇に該当する程悪質且つ重大な非行とは認定することができない。

(2)  別紙第一(2)の掲示について、

被控訴人が会社主張の日時に別紙第一(2)記載の掲示をなしたことは当事者間に争がない。成立に争の無い甲第八号証の一乃至三、同第九号証、原審の証人長野正孝の証言により成立の認められる甲第十一号証、同号証との対照により成立の認められる同第十四号証、当審における証人村上要の証言により成立の認められる乙第一号証の各記載に、原審及び当審における証人村上要、同河瀬一義、同浮穴三郎、被控訴人本人当審における証人石橋直次の各尋問の結果を総合すると、電産新居浜分会、同今治分会、同宇和島分会は電産分裂の際会社のとつた措置が組合に対する支配介入であるとして、愛媛地労委に対し救済の申立をなし、(この点は当事者間に争がない)右事件が進行されていたところ、昭和二十九年一月十九日の同委員会の審問の際電産側からの証拠資料として会社三島営業所の従業員の期末手当配分表が提出されたので会社はもともと右配分表の基本となる賃金台帖は慣行上秘密文書として取扱つていた関係から、同月二十七日松山支店における課、所長会議の際右三島営業所の所長である星加卓一に対し調査方を命じ調査の結果右営業所の給与係で当時電産組合員であつた平野昭慶が従来より秘密文書として取扱い且つ保管している右賃金台帖を電産幹部の請出により上司の許可を受くることなく無断で閲覧謄写せしめたことが明らかとなつたので始末書(乙第一号証)を提出させたこと、平野はそれから僅か二、三日して電産を脱退して電労に加入したこと、そこで右事件を平野より聞いた電産新居浜分会の幹部である長野正孝からその報告を受けた被控訴人は会社は右救済を申立てている不当労働事件を自己に有利に導かんと奔走しているものと考え本掲示をなしたこと、会社は掲示の如く平野昭慶に圧力をかけて第二組合に加入を進めた様な事実はないこと、以上の事実を認めることができる。

ところで、右事実から考えて見ると右の如き事情のもとに、前示報告を受けた被控訴人において会社が平野を圧迫して電労に加入させもつて前記救済事件についての証拠の滅少を図つているものと一応推測することは無理からぬことと言わねばならず他に会社主張の如き意図があつたとの疎明は認められないので被控訴人のなした本掲示には右の通り事実に添わない点があるがこれを以ては未だ就業規則第八十八条の懲戒事由に該当する違法な行為ということはできない。

(3)  別紙第二(1)の暴言について、

当審及び原審における証人浮穴三郎、同河瀬一義被控訴人本人(一部)原審における証人大谷博信の各尋問の結果並びに右証人浮穴の証言により成立を認める乙第二号証の一同大谷の証言により成立を認める同号証の二の各記載によると被控訴人は前記長野から(2)において認定した内容の報告を受け会社が平野に圧力を加えて電労に加入させ或は前示救済事件を有利に導かんと奔走しているものと推測立腹の上同二十九年三月一日午前十一時半頃会社松山支店の河瀬労務課長のところに至り同課長に対しいきなり「会社はけしからんことをしている、三島の平野が賞与の計算書を人に見せたというので始末書をとりその上首が危いぞと圧力をかけて無理に電労へ加入させたろうがこれは鈴木の命令でお前がやらしたんだろう、会社は又不当労働行為をやつているのではないか、これは後でバクロしてやる」と大声でどなりこれに対し河瀬課長が事情を説明しようとしたが耳をかさずなおも大声で別紙第二(1)のような内容のことを約三十分にわたり述べたこと、右部屋には労務課の外に経理課、営業課、庶務課が同居して当時約百名余の従業員が執務していたが、右大声と発言内容のためその殆んど全員が執務を中止して被控訴人の話に耳を傾けざるを得なかつたことを夫々認めることができる、右認定に反する被控訴人の供述は措信することができない。

被控訴人が前示平野問題で特に組合役員として心穏かでなかつたことはもつともなことであるが前示の如く会社の労務担当者の手腕、力倆、態度等につき侮辱的な言辞をろうすることは一種の人身攻撃であつて組合に許容された言論の枠外で到底許容されるべき会社の労務政策の批判であるとはいえず又その間一般従業員の執務を妨げたことは職場秩序を乱した失当な所為と言わなければならない。

そうすると右所為は就業規則第八十八条の(5)の特に不都合な行為のあつたときに該当し懲戒処分を免れないものと考えるが、以上認定の本件所為に至つた事情に鑑み未だもつて同規則第九十条の懲戒解雇に該当する程の悪質且つ重大な非行とは認めることができない。

(4)  別紙第二(2)の暴言について、

原審及び当審における証人村上要、被控訴人本人(一部)原審の証人星加卓一、当審の証人岩本四郎、同妻鳥良枝の証言を総合すると被控訴人は昭和二十九年六月三日頃三島営業所の女子職員で電産組合員の妻鳥良枝から同女の上司である岩本係長に担当業務が突然かわつたことについて苦情を述べたところ、岩本から泣言をいうより少しは男をよろこばせることをした方がいいなとか、男を喜ばす事を知らんのか、その年で知らんこともあるまいなどといわれたのできわめて不愉快であつた、機会があつたら何とかして欲しいと訴えられたので、被控訴人は機会があれば会社に請入れると約束したこと、ところが翌四日午前十一時頃新居浜営業所応接室に会社労務の最高責任者である鈴木総務部長が数名の社員といるのを目撃したので会社において所謂上司の地位に立つ者に対する監督も厳重にし併せて女子職員の地位の向上に対し注意を払つてもらうため室内に入り鈴木部長に対し「岩本が職制の圧力で妻鳥にいうことをきけと言つたが不都合である」趣旨のことを述べたこと、ついで翌五日愛媛地労委の審問で昼食休中岩本の直接の上司である星加卓一(三島営業所長)に対し数名の社員が同席している中で「岩本が妻鳥を強姦したがそのことを知つているか」と述べたこと、岩本は妻鳥に対し同女が被控訴人に訴えた様なことを冗談ではあるが述べた事実があることその他岩本は忘年会の帰り突然妻鳥を人通り少ない暗やみに近い処へ無理に引き入れんとして同女より激しい抵抗を受けた事実もあること、しかしながらそれ以上の暴行にでた事実はないこと以上の事実を認めることができる。これが認定に反する当審における証人橋田文臣、原審の証人長野正孝、原審及び当審に於ける被控訴人本人尋問の結果は措信することができない。

ところで組合役員が女子職員の地位向上を図ることは当然の任務であるから右六月四日会社の責任者鈴木総務部長に岩本の所為につき申入たことは、たとえその場に数名の社員が同席していたとしても被控訴人の右行為を問責することは妥当でないが、翌五日星加所長に対しなした右申述は全く事実に反し、しかもその内容事項は人の名誉を著しく傷付けるもので就業規則第八十八条(5)の不都合な行為に該当し懲戒処分を免れずその程度も同規則第九十条中重き処分に附するを相当とするが、一面岩本は前示認定の如く許し難い不始末をなし居るに会社において岩本に対する監督が十分であつたとの疎明がない事実その他本件所為に至つた事情を考慮するときは被控訴人の右所為に対し直ちに最も重い懲戒解雇の規定を適用するのはその適用を誤つたものと解する。

(5)  別紙第二(3)及び(4)の暴言について、

この点に関する当裁判所の判断は次の事項を附加する他原判決の理由と同一であるからこれを引用する。

当審における被控訴人の供述中右認定に反する部分は措信することができない。

ところで右事実は認定の懲戒事由に該当するが何れも就業規則第九十条の懲戒解雇に該当する程の悪質且つ重大な非行とは認めることができない。

(6)  以上認定の非行事実を総合したものについて、

以上認定の非行事実は何れも前示の通り個々別々に判断する時懲戒解雇に該当する所為と認め難いが、これを総合して考えるもなお就業規則第九十条により即時解雇しなければならない程情状重しと断することはできない。

(三)  結論

叙上のとおり被控訴人には懲戒規定に該当する行為の疎明がないか、又は懲戒規定に該当する行為があるけれどもその情状懲戒解雇に処することは相当でない。ところで使用者が就業規則に懲戒解雇規定を定めた場合は使用者自ら解雇権を制限しこれに該当する事由がなければ有効に解雇をなし得ないものと解するから被控訴人に対する本件解雇の意思表示はいづれも就業規則の適用を誤つたもので無効である。解雇の意思表示が無効であるのにかかわらず被控訴人がこれを有効として取り扱われ従業員たる地位を否定されることは著しい損害であるから、右意思表示の効力の停止を求める本件仮処分の申請は理由がある。

よつてこれを認容した原判決は正当で本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三百八十四条第八十九条第九十五条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 加藤謙二 小川豪 松永恒雄)

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